高橋 源一郎 著
5時間目:学校で教えてくれる(はずの)文章を読む
日中戦争中、中国で戦っていた元日本兵が書いた手紙、という形で書かれたもの。
まるで、今、「兵士」として戦争に赴いている、
すべての人に向けて書かれたもの、みたいな印象がありました。
戦争をすると決めた人や、作戦を考えて命令する人ではなく、
人を殺し、殺される可能性が高い「戦場」にいる人たちに向けての、手紙。
かなり前に読んだ本がうかんだ……けど
ちょっとタイトルがうろ覚えで、色々検索してみた。
『戦争における「人殺し」の心理学』かなぁ…?
「職業としての兵士」についての内容、だった気がする。
『審判』では、戦争だということで
訓練したわけでもない民間人が徴兵され、
戦場に送り込まれた、のかな?
「生きている人」が、
「生きている人」と遭遇したとき、
相手を、自分の脳内に設定されてある「〇〇を害する敵」という枠内におさめ、
自らを「〇〇を守る兵士」と認識することで「殺す」ことが可能になる、
ということかもしれないなぁ。
この「脳内に設定されてある」の「されてある」が超曲者。
自分で、意識して「設定している」のではない。
「ある」ことに気づくのが難しいほど、まわりにありふれているもの。
「初期装備」に近い設定。
それが「社会(国)」の「声」ということ、かもしれないなぁ。
戦争において、
「人が人を殺す」というのは、
「国が人を殺す」ということ。
「国」は、それ自体が「生きている体」を持たないため、
「怖れ」や「痛み」などを感じることはない。
一度発動したら歯止めをかけることは難しく、
どこまでも冷酷になることが可能である。
「国」を構成するのは「人」であるが、
苦しむのは「人」のみである。
だからこそ、プラトンさんは、
「権力」や「お金」などに興味を持たない人、
「虚構の装飾」に目がくらむことのない人が
「リーダー」に適しているんだよ~
と主張したのかなぁ、と思いました。
「国」と「個人」がほぼ同化したのは
「向き」がちがう気がするけれども。
わたしの考えでは、この「こくごの手引き」には、「こうやって、わたしのいうとおりにして、正解にたどり着かないと落伍者になるよ」と書くべきなのです。もちろん、そんなことをこの「社会」の「声」がいうことはないのですが。
小学校のことで思い出したのは、一風変わった先生がいたこと。
教室で授業をせず、外に出て遊んだり、草などをつんできて実験したりした。
保護者たちは「このままで大丈夫なのか?」と心配していたけれども、同級生たちはみんな楽しんでいた、ような気がする。
あ。
そっか。
あの先生がいたから、「染まる」になりすぎなかったのかもしれないなぁ。
「落伍者」になったということは、
「別の道」を開拓しやすくなった、ってことだよね。
『ドキュランドへようこそ ~なぜ父は殺されたのか 少年ジャーナリストが見たケニアの現実~』もうかびました。
少年・サイモンさんの父は、自然保護区で観光客を案内しているとき、銃で撃たれて亡くなった。
「なぜ父は殺されたのか。本当のことが知りたい」
サイモンさんは、色々な人たちの話を聞いてまわりました。
そうするうちに、「土地」「国」「遊牧民」「白人」「自然環境」「保護区」「歴史」「文化」など、色んなものがみえてきました。
学校でできた親友ハロン。
彼は「遊牧民」。
サイモンさんは、ハロンさんの家に遊びに行った。
「遊牧」とはどんなことをするのかを、実際に体験した。
自然に左右され、厳しい生活であることなども知った。
そして、サイモンさんは聞いた。
「君たちは、自然保護区に入ったことがあるの?」と。
父を殺したのは「遊牧民」かもしれない。
一体どんな理由があったのか。
どうしたら「殺す」までになってしまうのか。
色々と話を聞いていき、ついに、父が殺されときに一緒にいた観光客から話を聞くことができた。
そこには、なにか「物語」があるわけではなかった。
ただ、そういう状況だったから撃たれた、ということを知った。
僕は、自分の家族の苦しみだけに囚われていましたが、
今は、たくさんの人が困難な状況に直面しているんだと気づきました。
父を殺した犯人は、永遠にわからないかもしれませんが、
この取材を通して理解が深まりました。
遊牧民が、家畜や自分の家族を養えないでいること、
村人たちが銃撃されていること、
自然保護区で働いている人たちが身の危険を感じていること。
すでに多くの人が命を奪われました。
僕たちが行動を起こし、状況を変えなければ、
もっと多くの命が失われます。
もっとも辛い出来事から、もっとも大きな教訓が得られると信じています。
そして、よりよい未来を思い描けるようになる。
父が死んでからの僕がそうでした。
これからは、僕が、平和を広めます。
父の意思を受け継ぐために。
サイモンさんはハロンさんと一緒に、高校のジャーナリズム部に入ったそうです。
彼らが「ジャーナリスト」として、
大きく羽ばたくことを、
わたしはのぞみます。