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よんで、あじわって、かく。

映画『35年目のラブレター』

夫と観ました。

人々が何を言ってるのか、やってるのかが

だいたいわかりました。

 

物語後半、二度目のラブレターを書こうとして、

主人公の保さんが綴った言葉。

どうしても君に聞きたいことがあります。

君は幸せですか?

 

手紙に書かれた文字が画面に映ったとき、

わたしは、一時停止をして、夫を見ました。

夫が、わたしを見て、言いました。

「おまえ、幸せ?」

 

わたしは、こたえました。

「うん、しあわせ」

 

夫は、いいました。

「おれも、しあわせ」

 

わたしは、いいました。

「『しあわせ』を、じぶんのことばにすると……

えーと……なんていうか……むずかしい……」

 

夫は、いいました。

「正確に言おうとしなくてもわかるよ。

難しくしなくてもいいんだよ」

 

それを聞いて、わたしの「おく」から

ぐわっ とわいてくるものがありました。

すると、なみだが ぶわっ とでました。

そして、わーんと、なきごえがでました。

 

夫は、びっくりして、おろおろしました。

 

わたしは、ききました。

「いわなくても、わかるの?」

 

「わかるよ。

今日、俺の実家に行ったとき、

俺の両親だって、

おまえと普通にしゃべってて、

おまえの言ってること、わかってたじゃん。

なんで泣くんだよ?」

 

わたしは、もっと、なきました。

 

「だって、だれも、わかってくれなかった。

いわなきゃ、わからないって。

だから、がんばってて……

でも、いわなくてもわかるよって、

いわれたから、それが、なんか、

……『うれしい』……んだ」

 

夫は、ちいさい子をみるような顔をしていました。

 

「俺には、難しいことを言わなくても通じるからな。

あったかいとか、むかむかするとか、そういう感情だけ

言えばいいんだよ。俺とお前がわかってればいいんだから」

 

「そうなの?」

 

「俺には『びゅーんって感じ』でもいいよ。

まあでも、どんな感じよ?って聞くと思うけど」

 

わたしは、すこし、わらうことができました。

 

 

それから色々と話をして。

 

夫から見ると、わたしには、

誰かの言葉を言い換えようとする癖が

あるようです。

 

その行為は、夫にとっては

自分の発言を否定されるように感じる時もあると。

けど、わたしを慕ってくれてた人たち、

特に特定技能外国人の子たちからすれば、

知らない言葉を教えてもらえるようなものだったから、

おまえは好かれてたのかもなぁ、と。

 

 

わたしは、わたしがやっていたことを

夫からおしえてもらうことができて、

またすこし、「わたし」をしることができました。

 

 

 

そして映画。

娘たち一家が帰ったあと、

雪の舞う中、夫妻2人ではしゃぐシーン。

 

妻の手のひらに、雪がひとつ舞い降りて、

はかなくとけていきました。

 

それをみて、わたしはおもいました。

おもったことを、夫にいいました。

 

「しあわせって、

 ゆきみたいに

 ふわぁ と おりてきて

 からだに しみわたるもの

 ……だとおもったよ」

 

 

夫は、

「そっか。俺もそんな感じする」

と言って、はにかんだような笑みを浮かべました。