橋本 実千代 監修
「みどりいろ」、ゲット!
やったね!!
これで、「プルチックの感情の輪」がなんなのかが
「わかる」になる、かもしれない。
えーと、
ゲーテの『色彩論』が「RBG」、ってこと、かな?
とすると、わたしは「さかさ」なのだから、
一般的には
『光学』=「RBG」
『色彩論』=「CMYK」
になる、のかな?
んー、たぶん、「K(クロ)」をどう「あつかう」か、が課題、かなぁ。
「くろ」だから「わからない」ものがある。
「わからない」ものは「こわい」になる。
「こわい」だから、「みる」したくない。
だから、「みない」。
そうしているうちに
「みない」は「みえない」になっていく。
すると「くろ」は、
どんどん「ためる」していって
「まっくろ」になって、
どんどん「ふくらむ」していって
「はじける」しやすくなる。
あー、
わたしは
極端な「ソシオパス」と
極端な「サイコパス」の
「あいだ(まんなか)」にいた、ってこと、かな?
「ハイブリッド」?
ブログ『toi-toi DRAMA』のところで書いた
わたしは、みっつ、までは、わかる。
「順番(かぞえる)」はできる。
でも、「並べる」はむずかしい。
なので、「算数」「数学」は「あきらめる」する。
「算数」=「サイコパス」になる
「数学」=「ソシオパス」になる
ってこと、だった、のかな?
「あきらめる」して、
「はなれる」したから、
「みる」ができるようになった、みたいな?
そういえば、今朝、夫が言ってた。
「となりの地域に大きい工場ができたじゃん。
その地域の人たちが言ってたんだけど、
働くために色んなところから、色んな人たちが来てて、
その中に、サイコパスみたいな人たちがいるって、
それが怖いんだって」
わたしは思ったことを、思ったように言ってみた。
「ちょうど、『サイコパス』の本を読み始めたところだったよ。
まだ序盤なんだけど、たぶん、わたしと、おなじだよ。
サイコパスは、『こわい』状況を『こわい』でなくて、
『ふつう』とか『あたりまえ』になっちゃった人っぽい。
ちなみに、『ソシオパス』は、
体の感覚が育ち切る前に、
社会でよいとされていることを体現しようとしてしまって、
自分の体を無視しちゃっている状態、みたいな感じ」
夫は、「あー、そっか」って。
わかってくれたっぽい!
すごい!!
やっと「はなし」が通じるようになった!!
以前、夫が
「おまえ、サイコパスっぽい」と言ってくれたことがあって、
「わたしもそう思う」と返したことがあった。
それがなんでなのか、ようやく「わかる」したかも~。
ゾワッとか、ブルブルブル……とか、体が「かんじる」して、
そういうのは「こわい」ということばを使うんだ、って脳が「おもう」して、
体と脳が「そろう」して、身体全体をつかって「こわい」と「いう」する。
ってことが、できない環境下だった場合、
小さい子ほど「いきのびる」がむずかしくなる、ので、
いろんな工夫をした結果の「サイコパス」。
その正体は、
感じたことを表現するための「ものさし」が、
一般的な範囲からズレている人のこと。
かなぁ?
この仮説の答え合わせをするための本を
いま読んでいる、ってこと、かな?
あっ、「むらさきいろ」もゲットできた、かも?