最近は邦画をみるのが苦ではなくなったなぁと、あらためて感じました。
以前は、洋画(字幕版)ばかりみていました。
なぜなら、邦画だと、何を言っているのかうまく聞き取れない。
聞けたとしても意味がわからない。
洋画(字幕版)には画面に文字がでる。
文字を読めばいい。
大体の意味はわかる。
だから洋画(字幕版)だと楽ちん。
だったんだなぁと、今ならわかります。
そして、この映画で「聞く」とはなんなのか、少しわかった気がします。
過去を掘り起こして何になるのか。
事件の関係者視点だと、自分が体験した出来事を、自分の言葉で話す行為。
「語る」。
それは、「その時の感情」という名のタイムカプセルを、自分の意思で、開くこと。
開いて、「みる」。
「その時の自分」から「離れる」をして、直視することができれば、言語化しやすい。
言語化できたとき、「その時の自分」から「放れる」がしやすくなる。
そうすることで、本当の意味での「過去」にすることができる。
阿久津さんや曽根さんがやっていた「聞く」。
ただ、きくこと。
それは、相手の過去を「過去」にするお手伝い。
特に、イヤなことを「みる」のはしんどいので、自分以外の人、信頼の足る人に聞いてもらうことが、勇気と癒しになるのかもしれないなぁと思いました。
以前にあったことすべてを「過去」にする。
すると「現在」に集中できるようになる。
さすれば「未来」への道しるべがみえる……かも?