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よんで、あじわって、かく。

『うんこのひみつ』

うんこミュージアム

藤田紘一郎 監修

 

 

以前、介護業界で働いていたことがあるのですが、

その時に「排泄」に関して色々知りました。

 

以下、「排泄」に関してのあれこれを書きます。

嫌悪感がある方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリストルスケールや尿の色を意識することができたおかげで、

日々の体調チェックをすることができるようになりました。

 

そういえば、学校に通っている頃って

「トイレ」「排泄」に関することを

バカにする傾向があったような気がします。

 

今おもえば、なんでなんだろう?

 

自分だって排泄しているだろうに

なんで他人が排泄することを

「バカにする」をするのかなぁ?

 

わたしが小さい頃は和式便所が一般的で、

排泄物は穴の中に落ちてしまうため

状態確認がまったくできなかった。

 

自分の排泄物をはっきりと見ることがなく、

穴に落ちたら暗いし、

他人のものも混ざっている。

どれが自分のものかわからない。

それって繰り返すと「ない」に近い感覚になるのかなぁ?

 

だから、「バカにする」をする人は

「自分はうんこしない人」になって

「自分はうんこする人とはちがう」とか勘違いするのかな?

 

 

わたしは穴の中をのぞいて

「どこに落ちたんだろう?」みたいに

自分のうんこを探すことがあった、ような気がします。

 

多分あれかなぁ、となったことが数回あったような?

 

ということは、わたしはうんこをする前に

穴の中を確認して、どういう状況かを覚えていて

事後に比較した、のかな?

 

そういえば、和式便所だと

「におい」もまざってしまうから

「かぎわける」ことがむずかしかった、かな。

 

いまは水洗トイレなので、いくらでも観察できます。

尿の色も、においも、毎日、毎回ちがう。

正常範囲内であることを都度確認できます。

 

 

あー

 

祖母が、柄の長い、大きなひしゃくを

くみ取りようの穴の中に入れて

糞尿を取り出して畑にまいていた姿が浮かびました。

 

「なんでうんこをまくの?」ってきいた気がします。

「肥料になって野菜がいっぱいできるから」みたいなことを祖母がいった気がします。

 

 

ああ、わかった。

わたしは「きく」したいんだ。

 

これまでは、

うごかないでじっとしていてくれる「文字」を

「みる」して「きく」してたけど、

 

これからはうごいているものを

「きく」して「みる」すればいい、のかな?

 

 

 

 

介護業界にいたことで、

尿意や便意を感じる仕組みだったり

排泄行為にともなう動作だったり

食事のことだったり

「人体」の複雑さを知れば知るほど

「うごいている」ことのすごさがわかりました。

 

そういえば、お年寄りの手、

おばあちゃんたちの手を握ることがありました。

 

しわしわで、ふわふわだったり、ごつごつだったり

いろんな手をにぎりました。

 

おばあちゃんたちの手は、みな、とても「うつくしい」でした。

 

なのに、おばあちゃんたちは、あまりすきじゃなさそうでした。

 

そのとき、「かなしい」というか「せつない」みたいなきもちに

なったようなきがします。