あさの あつこ 著
「自然数4」、わかった、きがする。
何が書いてあって、
何に引っかかったのかが
ようやくわかった、かもしれない。
紫音とネズミが「美しい」で、
イヌカシが「うつくしい」だ、とおもいました。
人狩りが始まった直後の文章から、
「直視するのが怖い」と叫んでいるように感じました。
すごく怖いのに、
それでも逃げずに書き続けた。
あさのさんは、
とても「つよい」を「もつ」している人なのだとおもいました。
「環境」が「まっさら」とか「たいらか」であれば
「自然数1」=「ある」は「ある」からはじまる、ということかなぁ?
でも、「環境」が「ゆがむ」「ねじれる」していると
「自然数1」=「ある」は「ない」にしがち、みたいな?
これが「いつわる」かなぁ?
そのまま進むと、
「ない」は「ある」に転じやすくなって、
これが「だます」かなぁ?
わたしの場合、
「ずれ」が発生した「座標」まで、
「まわり」に助けてもらいつつ、
自力で「もどる」して、
「みつけた」になって、
あらためて「はじめ?」から「順番通り」に
すすんでみている、ということかなぁ。
「ためす」をしている、ってことかな?
というか、
この「ずれ」こそが「個性」とかいうもので、
「ずれ」があるからこそ、
「ずれ」があるのだと自覚してこそ、
その人ならではの「世界観」がうまれる、のかな?
あくまでも、
自分がどうありたいかを
自分で決めるんだよ、ってことかな?
でもって、
より多くの人が
その人なりの表現方法で
「ずれ」の「世界観」を
身の内から外へ出していって、
少しずつ「かさねる」していければ
よりいっそう「みえる」になる、みたいな?