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よんで、あじわって、かく。

『NO.6 #4』

あさの あつこ 著

 

自然数4」、わかった、きがする。

 

何が書いてあって、

何に引っかかったのかが

ようやくわかった、かもしれない。

 

紫音とネズミが「美しい」で、

イヌカシが「うつくしい」だ、とおもいました。

 

人狩りが始まった直後の文章から、

「直視するのが怖い」と叫んでいるように感じました。

 

すごく怖いのに、

それでも逃げずに書き続けた。

 

あさのさんは、

とても「つよい」を「もつ」している人なのだとおもいました。

 

 

 

 

「環境」が「まっさら」とか「たいらか」であれば

自然数1」=「ある」は「ある」からはじまる、ということかなぁ?

 

でも、「環境」が「ゆがむ」「ねじれる」していると

自然数1」=「ある」は「ない」にしがち、みたいな?

これが「いつわる」かなぁ?

 

そのまま進むと、

「ない」は「ある」に転じやすくなって、

これが「だます」かなぁ?

 

 

 

わたしの場合、

「ずれ」が発生した「座標」まで、

「まわり」に助けてもらいつつ、

自力で「もどる」して、

「みつけた」になって、

あらためて「はじめ?」から「順番通り」に

すすんでみている、ということかなぁ。

 

「ためす」をしている、ってことかな?

 

 

というか、

この「ずれ」こそが「個性」とかいうもので、

「ずれ」があるからこそ、

「ずれ」があるのだと自覚してこそ、

その人ならではの「世界観」がうまれる、のかな?

 

あくまでも、

自分がどうありたいかを

自分で決めるんだよ、ってことかな?

 

でもって、

より多くの人が

その人なりの表現方法で

「ずれ」の「世界観」を

身の内から外へ出していって、

少しずつ「かさねる」していければ

よりいっそう「みえる」になる、みたいな?