千田 琢哉 著
いろんな「おはなし」から
「なかみ」を「抽出」して
「再構築」してみた、みたいな感じかな?
えーと、
「よむ」=「なか」に「いれる」して、
「かむ」=「ばらばら」に「くだく」して、
「えらぶ」=何かを基準にして「わける」して、
「くみたてる」ってことかな?
アンデルセンさんは、人間関係が苦手で、失恋の連続だったそうで。
千田さんの『人魚姫』の見方は、たしかにそうかも、と思ったかなぁ。
「私が命の恩人です」ではなく、
「あなたが好きです」と伝えればよかった、と。
「私が命の恩人です」と伝える、ということは、
恩人なのだから、
私に感謝して、
私を大事に思って、
私を好きになってほしいの。
なぜなら、あなたから先に
「好き」って言ってもらいたいから。
どうして先に言ってもらいたいかというと、
「好きじゃない」って言われるのが怖いから。
怖いことを、あなたに先にやってもらいたいの。
そうすれば、私も怖くなくなるから。
みたいな、「自分本位」の発言として
相手に解釈されてしまった場合、
「恩着せがましい」になりうる、ということかと。
「私が命の恩人です」は、
自分のところへ相手を縛り付けておく言葉になりうる、かな?
「あなたが好きです」は、
相手に自分を意識してもらうための言葉、みたいな?
「私はこう思ってるのだけど、あなたはどうですか?」という
お互いの気持ちを確認するための言葉、とか?
はふー。
わたしにとって「童話」や「絵本」というものは
もっとも「むずかしい」もの、だったのだと思う。
なぜなら、「感覚」でよむものだから。
文字は読めるけど、
中身はちっともわからなかった。
「わからない」ことが、わからなかった。
それが、
「わからない」ことが「わかる」になったことで、
ようやく「わかる」がわかった、きがする!
わたし、がんばった!
ところで、隣家の庭にクマが来たそうです。
先週あたりから
玄関をあける前や歩いている間は、
周囲の気配をうかがうようになった。
体全部を「耳」にする、みたいな感じ。
縄文時代より前の人類や野生動物たちは、
すごく「きく」ができるんだろうなぁ。
とりあえず、体毛はそらないことにする。
毛があった方が、空気のゆれをキャッチしやすいはずだから。
食べ物ないし、寒くなっていくし、
冬眠するためにも食べ物を探しに
山から、森から出ないといけない。
クマたちも「こわい」のだと思う。
でも、「人」として
襲われるわけにはいかないし、
食べられるわけにはいかない。
人が襲われた分だけ、
「人」=「食べ物」と学習してしまうから。
なので、十分に気をつける。
とはいえ、
「こわい」を克服せざるを得ない状況で
人間社会に接することで、
クマの脳にめちゃくちゃ刺激がいくかもしれない。
そこで、なんらかの変異が起こり、
人とコミュニケーションがとれる個体が現れたとしたら、
『転スラ』みたいな世界への扉が開く可能性はゼロではない、のかな?